6/1(月)

2026年度「夏期講習」の申し込み受付を開始しました。上のバナーから詳細な情報や説明会への申し込みができます。ぜひ、覗いてみてくださいね。また、文理学院の各校舎ではHPやチラシに掲載していない「独自授業」が組まれています。お近くの校舎のblogなどでチェックしてみてくださいね!


ブロック長会
年に数回、ブロック長会(研修的な会)を開催しています。今日は今年度2回目の会でした。午前11:00~午後2:30という時間で、「オンラインと対面のハイブリット」での開催でしたが、副部長たちの進行でスムーズに進んでいました。一言で「頼もしくなった!」と感じます、ブロック長たち。私も少しお話をしました。「転ばぬ先の杖マネジメント」「バックキャストで思考せよ」など、会の感想を交えて話をさせてもらいました。

社内報寄稿
6月社内報に次のような内容を寄稿しました。
今回は仕事を通じ、この1か月「感じたこと」や「考え」を書いておきたいと思います。
- 「成長が見える人には成長を促す誰かが必ず関わっている」
- 「成長できる人は自身の中に偏見やバリアがなく、人としての素直さと謙虚さを持ち合わせている」
この仕事に限らず「経験の多さや重ねてきた年齢=成長」ではないところがありますよね。この1か月、会議や決起集会で「若手社員の成長」を強く感じる場面に何度か立ち会うことができました。若手の成長の裏には以上2つのことがあるのだろうと目を細めた次第です。この仕事を長年しているのも「人の成長を見るのが好きだから」なのだと改めて感じた次第です。「人の成長は蜜の味」ですよ(笑)
では、なぜ私が彼らの「成長」を感じたのか深掘りしてみると、
- 「社是を柱に仕事してくれている」と感じたから
- 「視野を広く持っているからこその客観性」を持ち合わせているから
- 「立場に応じた(合った)責任感」を持ち合わせているから
成長するためには環境がとても大切で、各本部・ブロック・校舎での会議、研修、校舎meetingがその方向になっており、日々日々浸透していった結果なのだろうと推察します。
「成長は言動に表れる」わけですが、共通して言えるのは「他者のことを考えた、心を砕いた発言・行動」です。成長が見えない人は自身がそれと認めなくても「我利我利」の考え方から抜け出ていないのです。また、成長無き人は何かにつけ他人に責任を押し付ける思考の悪習慣から抜け出ていません。そんな人を見ると「人間として恥ずかしい人であり、たいへん可哀そうな人だ」と思うわけです。真に成長する人は、その成長の過程で「我利我利」⇒「自利利他」⇒「利他主義」⇒天台宗の開祖最澄の示すところの「忘己利他」と変容していきます。年齢を重ねるごとに「善き人」になっていき、この世を去る前に他者から惜しまれたり、自身が人生を全うしたと振り返ったりすることができれば「最幸」ですよね。きっと、「教育人」としてもそれが本望でしょう。つくづく自身も自分の周囲の人たちにも「成長願いたい」ものです。本当の幸せとは、自分の中ではなく、周囲の人たちの中に見つけることができるものなのかもしれませんね。
これと似た話ですが、先日、中島校の小倉校舎長、厚原校の篠倉校舎長、望月淳ブロック長と4人で2時間弱の会議を行いました。いわゆるブロック会議に参加させてもらったわけです。その際に話したことの1つに「物事をニュートラルに見ることが大切だ」(対人に関して)という話をしました。そこで話せなかったことも含め書いておくと、「片方の言い分に傾き過ぎては(信じすぎては)ならない。相手は自分の都合の良いように言っている可能性もある。それが人間というものだ。問題が起こった場合、必ずといっていいほど双方にその原因があることが多い。その割合は1:9かもしれないが、どちらかが一方に問題があるということは少ない。だからこそ双方の話をよく聞くことが大切である」と。また、「傾聴することは単に聞くことではない。聴きながら(相手に話をしてもらいながら)気づかせることである」と伝えました。「傾聴力」とは正確に聞き取り理解する力であり、聴きながら話し手に気づかせる力(場合によっては自省を促す力)です。これは対生徒、対保護者、対社員でも同じことです。この「聴く力」がある人、「聴くことに長けている人」こそが、様々な場面で成果を挙げることができる人です。最終的には「話し手の利益、話し手の成功のために耳を傾ける」のですが、それは巡り巡って自身の成功へと結びついていることが少なくないのです。みなさん、「真の傾聴力」を身につけ、相手も自分もよりよい人生となるよう努めていきましょう。
話は変わり「メラビアンの法則」を耳にしたことがありますか。簡潔に書くと「人は人を何で判断するのか」を心理学の側面から纏めたものです。条件としては「言葉と表情・声のトーンが一致しない状況」で…例えば、生徒に対して暗い表情や死んだ魚のような目で「がんばってるね」と褒めた場合、受け手はどの情報を優先し影響を受けたり、判断したりするかと言えば、「視覚情報」(見た目)から55%、「音声情報」(声や音)からは38%、そして驚くべきは「言語情報」(話の内容)からはわずか7%だそうです。つまり、上のケースでは「言葉では褒めているているけど、本当にそう思っていないな」と生徒が感じてしまう割合が高く、その結果、生徒自身に疑心暗鬼を与えることになり、その先で人間関係に亀裂が生じる場合も…ということなのです。大事なことは「褒める時には褒めていることを理解してもらえるよう満面の笑顔で、叱る時は叱っていることを理解させる厳しい顔つきで」が大切だということです。「一流の生徒対応(対人)のスキル」として覚えておき、現場で意識して実践してもらえたらと思います。
最後に直接仕事とは関係ないかもしれませんが「学びの楽しさ」について。
社長blogでは度々「京都検定」の学習について綴っています。7月に3級の受験を控えており、これから先、なかなか身につかない知識(場所、人物、風習など)の理解・定着を図り、最後の2週間ほどで11回分の過去問の解き直し(通しで3回目)とAIに作ってもらった「京都の絵馬」に関する問題を完璧にしていきます。学びの副産物としては趣味である旅行の幅が縦にも横にも広がり、深度も深まった点です。例えば「御霊神社」(上御霊神社)や「金戒光明寺」、「千本釈迦堂」など、地元の人やよほどの歴史好きであれば訪れることはあれど、観光客として京都を訪れてきた私にとっては縁の無かった場所に、京都検定の学習を通じて興味を持ち、実際に訪れ、その歴史的背景にも触れることができました。「学ぶことで間違いなく人生が豊かになる」ことを、身をもって体験し、それを子たちに伝えていくことで、「勉強の意味や学びの大切さ、喜び」といったものを分かりやすく伝えることに繋がるのではないかと感じています。
「教育人として仕事を存分に味わい楽しむためには、自らの学びがとても大切だ」ということをこの年齢になってもあらためて感じることができることに感謝です。
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